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美術館チーム

やっぱり国宝はスゴかった!
~”東洋古美術”の新たな面白さ発見~

取材先静嘉堂@丸の内
美術館チーム

現代日本の要衝である千代田区には、大小を問わずたくさんの美術館が存在しています。中でも国内有数のオフィス街として知られる丸の内に、2022年にギャラリーをオープンした静嘉堂文庫美術館では、「静嘉堂@丸の内」という新たな愛称と共に、東洋古美術に馴染みの薄いわたしたち学生を含む若年層を取り込む様々な仕掛けを打ち出しているようです。
聞けば、収蔵しているのは100年以上も前に二人の実業家によって集められた約6500点もの東洋古美術の名品たち。更に丸の内へは遠く離れた世田谷から”移転”の上でオープンしたとか。東洋古美術という、あまり触れたことのない世界への期待と緊張を胸に秘め、わたしたちは丸の内へ向かいました。

「静嘉堂@丸の内」のあゆみ~美術館と建築、二つの歴史が交差するとき~

明治生命館の画像

丸の内二丁目。皇居の内濠を臨み、基壇部分が百尺の高さに整然と揃えられたビルが並ぶ街並みに、その建物は見事な威容を誇っています。
この建物の名前は「明治生命館」。その名の通り、明治生命の本社として昭和9年に竣工し、昭和期の建築として初めて国の重要文化財に指定されました。現在でも1階の南側は明治安田生命の店頭営業室として使用されており、1階北側に「静嘉堂@丸の内」があります。

館長の安村敏信さんと広報の大森智子の画像

館長の安村敏信さんと広報の大森智子さんがお忙しい中、わたしたちの取材に応えてくださいました。こんなに古いビルの中にあるのだから、ずっと昔からここにありそうなものですが…。

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  • 安村さん

    静嘉堂の創設者である岩﨑彌之助さんには、丸の内を文化ゾーンにしたいという思いがありました。昼は働いて、夜は楽しむような…。美術館の設計図はJ.コンドルが描いたものが残っていますが、実現はしなかった。
    (2022年の移転にあたっては) 色々候補がありました。明治生命館は建物自体も重要文化財ですから、それを文化的に活用するという明治安田生命さんとの意見が合ったので、こちらに決定しました。

安村敏信さんの画像

静嘉堂文庫美術館が所蔵する約6500点の美術品と、静嘉堂文庫が所蔵する約20万冊もの古典籍のコレクションは、明治時代に三菱の社長を務めた岩﨑彌之助、小彌太父子により蒐集されたものです。これらは岩﨑家から寄贈を受けた財団である静嘉堂〈せいかどう〉により、彌之助の17回忌に小彌太が建てた世田谷区岡本の文庫の隣で収蔵され、展示されていました。丸の内への移転は100年越しの悲願だったのです。丸の内は言わずと知れた三菱グループが明治時代から開発してきたエリアで、今日でも三菱系の企業が多数本社を構えており、明治安田生命もまた三菱グループの一員です。そのようなたくさんの繫がりがあったのですね。

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これからの「静嘉堂@丸の内」~世代を超えて親しんでもらうために~

  • 安村さん

    移転して初めて気付いたのですが、古美術愛好家の方は静嘉堂というのをよく知っているけれど、丸の内を歩いている若い人たちは静嘉堂が何なのか知らないんですよ。

  • 大森さん

    色んな議論があって、名前を何とか覚えて頂くために「静嘉堂@丸の内」という愛称を付けました。

  • 安村さん

    丸の内には三菱の関連企業やグループ企業がたくさんありますが、そこの社員の⽅たちでも、ご存知ない⽅が結構いるんですよね。同じ丸の内でも三菱一号館美術館は”三菱”と冠しているから分かるのですが…。ですから、東洋古美術に馴染みの無い一般の人々へ、収蔵する美術品、”良いもの”を身近に見せたいということで努力しています。

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取材当時行われていた展覧会は「二つの頂 ―宋磁と清朝官窯」という、二つの時代の中国陶磁を紹介するものでしたが、それぞれの作品の解説文にキャッチコピーが記されているのが目を引きます。分かりやすくもどこかユーモラスで、専門用語を知らなくても作品の技法や背景に触れることが出来ました。

展覧会「二つの頂 ―宋磁と清朝官窯」の作品画像
  • 大森さん

    担当学芸員が考えるのですが、あれ、結構⼤変なんです!

  • 安村さん

    一般の人たちにも作品の面白さを伝えるためには、ということで始めました。来年以降は、よその美術館が「近世絵画入門」などの入門シリーズをやっているように、若い人たちに向けて入門になるような展覧会も企画しています。

取材している様子の画像
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あなたが知らない美術館の裏側~展覧会ができるまで~

では、そんな展覧会はどのようなプロセスを経て開かれているのかというと…

  • 安村さん

    まず来年度は何本の展覧会を開くか、それぞれの枠をどの学芸員が担当するかを決め、企画書を作り始めます。学芸員同士で議論しながら…。また、他の美術館から展示品を借りるとなると、それが重要文化財などの指定品ならその移動申請というのを文化庁に届け出ねばならないし、更に輸送するには運送会社の美術品を扱える専門の作業員と輸送車の手配が必要になります。総務の人とそれらの予算交渉をして、2023年は9月の終わりくらいにようやく来年度の展覧会の一連の予定が決定しました。
    静嘉堂の美術品は収蔵庫で種類別に保管されていて、気温は20℃、湿度は60%を基本とし、微調整を行いながら管理されています。

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作品を展示するにあたって、劣化の対策への苦労も伺いました。

  • 安村さん

    染織品は紫外線が当たるとすぐに変色してしまいます。金属は湿気が錆の原因になるし、漆器は触れた時の皮膚の脂で傷んでしまう。そういう意味では、焼き物は湿気や光の影響を受けないので丈夫です。古美術品の保存で一番いいのは見せないことなんですよ(笑い)。

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「本物」を、観る~国宝の茶碗 曜変天目との対面~

「静嘉堂@丸の内」の目玉ともいえる曜変天目という茶碗は、世界中見渡してもこのような完品は日本国内に残るたった3つだけしかありません。静嘉堂で所蔵している器は過去に長らく所有していた稲葉家の名前を採って「稲葉天目」とも呼ばれています。

国宝 曜変天目(稲葉天目) 建窯 南宋時代(12~13世紀)静嘉堂文庫美術館蔵

国宝 曜変天目(稲葉天目) 建窯 南宋時代(12~13世紀)静嘉堂文庫美術館蔵

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薄暗い展示室に入り、いよいよ国宝と対面です。何百年にも渡って沢山の人々を魅了し、珍重されてきた、小さな器。教科書でしか見たことがない、本物の「国宝」が目の前に、それもこんな近くにあるなんて…驚きと感動で、しばらく立ち尽くしてしまいました。教科書で見るのと違い、一対一で作品と向き合える、貴重な時間。美術館へ足を運ぶ意義が、少し分かったような気がします。

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新たな魅力でバズれ!~美術館の今どきSNS戦略~

そんな曜変天目、最近ではこれを模したぬいぐるみがX(旧Twitter)を中心に大きな話題を呼びました。
ぬいぐるみを企画した「静嘉堂@丸の内」の方々も、ここまでとは予想していなかったとか。

  • 安村さん

    値段を最初に聞いた時は高いと思いましたよ。ところが初日、店頭に置いた分が完売したんです。

  • 大森さん

    びっくりしましたよね。

  • 安村さん

    それを面白がったXの書き込みで、更に話題を呼んだんです。どういうものが刺さるか、分からないですね。

国宝 曜変天目(稲葉天目) 建窯 南宋時代(12~13世紀)静嘉堂文庫美術館蔵

出典:静嘉堂文庫美術館公式X

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国宝しかも茶碗がぬいぐるみに、という意外性がウケたのか、現在でも曜変天目ぬいぐるみの人気は絶えず、毎日個数限定で販売されています。別の切り口から新たな魅力を引き出し、作品の特色を生かしたグッズ化を図ることで、ミュージアムショップには曜変天目の柄のアロハシャツなど、思わず誰かに教えたくなるようなユニークな商品が並びます。美術館としてはこれをきっかけに静嘉堂という存在も知って欲しいそうです。

  • 安村さん

    こうやって話題になるように色々とグッズを考えています。その話題性をもって「なんか美術館らしいよ」と、静嘉堂という美術館の存在を定着させていきたいです。観光という点では、ウェブサイトも日本語や英語だけでなく韓国や中国の方に対応したり、作品紹介資料も日英中で作りつつありますね。

丸の内という立地を生かし、従来の古美術愛好家のみならず若い世代や、インバウンドで日本を訪れる外国人の方々など、様々な人たちに訪れてもらう為、様々な取り組みを進めていることが分かりました。

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千代田区で、美術に親しむ~丸の内を歩いて美術館へ行こう~

広報の大森さんに、近隣の他美術館との交流についてお伺いしました。

  • 大森さん

    東京駅周辺の5館(アーティゾン美術館、出光美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館、東京ステーションギャラリー)が既に連携されていて、昨年の移転を機に「静嘉堂@丸の内」が加わり、6館連携として動き出しています。
    東京駅周辺に色々な美術館がこれだけ集積しているので、回っていただきたい、周遊していただきたいという思いがあります。観光案内所などでもお客様に知っていただくために…

東京駅周辺美術館連携公式HP画像

東京駅周辺美術館連携公式HPhttps://6museums.tokyo/

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「東京駅周辺美術館マップ」という折り畳みの地図を見せて下さいました。今回の取材の少し前から新たに各所で頒布しているそうで、6つの美術館を巡るためのルートや、それぞれで開かれる展覧会をカレンダーのように並べた展覧会情報など、視覚的に分かりやすくまとめられてあり、更に今後は全館共通の入場券の発売も予定されているそうです。(※2024年1月より5館で発売中。三菱一号館美術館は改修工事につき休館中、2024年11月23日より再開予定。)

  • 安村さん

    当館の周辺の通りには現代美術のオブジェがいくつも置かれているんです(注:丸の内ストリートギャラリー。草間彌生など、世界的に著名なアーティストの作品を丸の内仲通りなどに展示)。それらを訪ね歩いて、行きついた先に「静嘉堂」がある。そういった導入も面白いかも知れませんね。

取材している様子の画像
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明治生命館「静嘉堂@丸の内」

丸の内のように、これだけの数の美術館が近接する場所は中々ありません。中でも「静嘉堂@丸の内」はキャッチ―で面白い解説文やユニークなグッズ展開で、東洋古美術の魅力を知らないわたしたちを美術館へと誘ってくれます。館長の安村さんが仰っていた”良いもの”、それは実際に美術館に足を運んでこそ分かるものでした。これほど有名な作品、それも国宝という価値のある逸品をじっくり鑑賞できる体験は本当に貴重で、その美しさは東洋古美術に馴染みの無いわたしたちにも超越して伝わってきました。自分の目で、自分なりの良さを見出すこと。それは、100年以上前に自らの審美眼でたくさんの東洋古美術を愛で、蒐集してきた岩﨑彌之助・小彌太父子のまなざしに重なるのかも知れません。新たな審美眼が備わったことを感じられる一日になりました。

コラム展示室に遺る昔の面影

明治生命館の「静嘉堂@丸の内」がある場所はもともとは事務室で、直近ではラウンジとして使われている場所でした。そこへ仕切りを設けるかたちで4つの展示室をつくり、美術館として整備したそうです。美術館の入り口をくぐるとまずは広いホワイエがあり、高い天窓やレトロなデザインの時計に90年前の往時を窺い知ることが出来ます。また、展示室内には古めかしいエレベーターの遺構もあります。現在は使用されていませんが、この建物が持つ長い歴史を大切にする思想が感じられました。

明治生命館の「静嘉堂@丸の内」
明治生命館の「静嘉堂@丸の内」
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取材メンバー

新井 彩月(二松学舎大学 文学部)
佐藤 綾乃(大妻女子大学 文学部)
高山 彩(共立女子大学 国際学部)
田中 美咲(大妻女子大学 文学部)
藤井 晃太郎(二松学舎大学 文学部)
松本 希(共立女子大学 文芸学部)